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日記というか年記という方がしっくり来るかもしれない

  1. 名前: 管理人 2008/02/20(水) 12:33:33
    適当にIPODを回しながら気が向いたので久々にレミオロメンを聴いた。
    とは言っても某ドラマで出る前の音楽性が全然違う時のやつ。
    というか自分にはこれしか馴染みがない。売れだした時はずっとこっち(北京)に居たし。

    当時まだ留学生で学生楼から引っ越して自由になり、今のバンドにも誘われて加入してくらいの頃かなぁ。
    4年半?5年?よく覚えてないけど、この新人いいじゃんと思いながらよく聴いてたのは覚えてる。
    一曲一曲聴くごとにどんどんノスタルジーに浸ってしまって涙が出そうになった。

    地元では日本留学生の支持を受けたのをきっかけにアングラから一気にスターダムへとのし上がり、フジロックにも2年連続出演、日本人とかかわりの深いバンドとして自分も耳には入れていて旅行時にCDも買ったバンドへ何故か自分が加入

    とくに日本人関係者からはびっくりされたし、各方面の人間からチヤホヤもされた。
    実際自分も調子に乗ってただろうし、同時に大陸若手No1ドラマーの後釜というプレッシャーも抱えていた。
    今まで家で見てた憧れのバンドのビデオの中の世界でしかなかった事が急に身の回りで起こって嬉しい反面、突然の変化に戸惑いもあった。
    勿論それを嫉妬する奴らも多数出てきた。

    それでも当時の自分には、いや今もだけどとりあえずやるしか脳がなかったし、それだけで毎日楽しかった。

    しかしバンドはちょうど方向転換の時期で、自分が加入したのもその流れで、それから数年の試行錯誤が始まる。
    最初の一年は経験あるメンバーに囲まれ毎日が勉強になってフレッシュだった。
    しかし一年くらいで完成予定だったアルバムも方向性が定まらず曲も出来ない為どんどん先延ばしになり2年、3年と苦悩の数年になっていく。

    それと同時に周囲の反応もどんどん冷めて行き、メディア関係はおろか友人までも離れていった人は少なくない。
    結局は別の目的で自分に近づいていただけだったとは分かっていても、何でも気にしいな自分はやっぱり居る。
    親も心配を隠せずといった感じだったし、自分も辞めたいなと何度も思う事はあった。

    06年は最悪な一年だったのは覚えてる。勿論バンド内がね。
    前回のアルバム出してから4年目に突入だしでも別にずっと休んでたわけでもないので、特に元々居たメンバー(特にボーカル)は精神状態が極度にやられていて、ふとした事でもすぐ熱くなってしまうし毎回練習やライブ前後で罵声が飛ぶわで、今思い返すと少々病的だったかも知れない。
    MIDIフェスのあの事件なんかもそれをよく表していたんじゃないかなと思う。

    06年半ば頃にようやく今のプロデューサー兼社長が救世主のように現れ、殆どなす術をなくしていた自分達は彼をとにかく信じてやってみた。
    しかしいくら頑張ってもなかなか彼のOKサインは出ない。
    それが原因でまたバンド内も責任のなすりつけ合いやクビ・脱退希望などぐちゃぐちゃになっていく。
    でもピンチになった時は決まって彼がサポートしてくれた。
    全然ダメだったわけじゃない、もうすぐそこまで来てるからこそ向こうも一生懸命やっている。
    それが自分達にはまだ伝わってなかったみたいだ。
    ギターの問題が一番大きいということで毎日ああでもないこうでもないとギターを編集する作業が続いた。
    それから数ヵ月後少しずつ掴めて来た気がして来て彼もやっとOKサインを出した。
    レコーディング開始だ。

    大陸No1実力という肩書きも飾りではなく、実際彼のクオリティに対する要求は半端じゃない。
    レコーディング中もここがおかしい、こことあそこを入れ替えてみたら?
    彼の要求はマーケッティングの為ではなくあくまで原曲を極限にまで生かす為のものなのでこちらの意向と合わない限りはどんどんアイデアを取り入れていく。だからメジャーでよくある創作面での制限はない。
    何と言ってもミュージシャンが社長だから。

    ドラムとベースは何とか終わった。これからギターというところだった。
    ギターを始めてすぐに問題が起きた。

    ギターが弾けない。

    レコーディングというプレッシャーの中で社長のアドバイスに答えようと必死になればなるほど何を弾いていいのか分からない。弾いてもめちゃくちゃになってしまう。

    「俺の能力はここまでだよ。別のギタリストにした方がいい」

    社長も付きっきりで2日やり込んだが伸展が無いのでここで一旦レコーディングはストップ。
    社長はかなり落ち込んでいた。

    「今まで俺が投資してやってきたけどこのマスターテープは友人としてのプレゼントでいいから、あとはお前らで頑張ってくれ。」

    またバンド内にあの絶望感が漂う。さあギターどうしよう。
    今まで数年間共に歩んできたメンバーをクビにするのか?でもその後また一からギター探す時間はあるのか?
    今のギターは各曲2トラック+@という構成で足りない部分をバックで流してライブをしている。
    もしかしたら一人では負担が大きすぎるのかも知れない。

    悩んだ末元メンバーのFさんをサポートギタリストに迎えてギター2人構成の再スタートという形になった。
    元々一緒にやっていたので意思疎通は問題なく作業は早かったし、彼が唯一適任だけどまた一緒にやる事は不可能だろうからと諦めかけていた社長を驚かせ、また振り向かせるキッカケになった。

    Fが入った事で曲がまたより良く編集されてそれに伴い数百万かけて録音したドラムとベースのテープもゴミになってしまった。

    「いいんだよ、俺が自分の金で出したんだから。曲のクオリティが優先だ」

    普通の会社はなかなかそこまでは言ってくれないと思う。
    社長も完全にモチベーションが上がったまま2回目のレコーディングに入った。
    前回の教訓で、各楽器を別々に録るのはライブ重視のこのバンドの雰囲気が全然生かせてないということだったので今回は劇場を貸しきって楽器全てをセットして同時録音という形をとった。
    予定していた一週間が突然4日になるというトラブルもあったが何とか基礎部分は録り終えて残すはボーカルとその他装飾音になった。

    ここで中国は春節(旧正月)を迎え国全体が休みに入った。そして今に至る。

    メンバーの一人が興奮して「おいお前のドラム最高だぜ!ちょっと聴いてみろよ。まだボーカルも入ってないし当然ミックスはされてないから各楽器の音量がバラバラだけど。時間がある時渡すから連絡くれ!」

    とこの前録音した音源を薦めて来た。

    しかし自分はどうしても気が進まなかったので連絡しなかった。
    ちょっと疲れてたみたいだ。俺
    初めてのプロバンドなのに一から始められない状況でこれだけ大変な思いをして、気がつけばもうすぐ5年が経とうとしている。
    なんか変にひねくれてしまった自分も居る。
    今はちょっと休みたい。聴いたら色々と思い出しそうだ。

    その間ポリスのライブを見たり色々とまあ、休めたのか休めてないのかよく分からないけどバンドの事をわざと考えないようにして頭真っ白で過ごしてみた。

    で、最近何とか聴けそうだったのでメールで送ってもらい聴いてみた。
    確かに音は結構いい。エフェクトかけないでこの音質はかなりだと思う。
    でもまだ心からこれを楽しめない自分が居る。
    なのでもう少し休むことにします。

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ページのおしまいだよ。。と
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