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METALLICA

  1. 名前: 管理人 2008/06/19(木) 12:38:51
    特に日記的ネタも無かったので今日は超久々にオススメ音楽コーナーで行こうと思います。


    特に興味が無い人でも一度は周りのバンド野朗が口にしているのを耳にした事はあるでしょう。

    METALLICA

    81年にアメリカで結成されたヘヴィメタルバンド。
    83年にレコードデビューする前はあのMEGADETHのフロントマンデイヴムステインが在籍したことでも有名だ。

    さて、まずバンドを語るまえにスラッシュメタルについて触れなければいけない。
    彼らが出てきた当時ヘヴィメタルの中でももっと過激な音を求めたりスピードアップを試みた結果スラッシュメタルというジャンルが確立しつつあった。
    勿論当初はそのような名前すら生まれておらず、彼らはその先駆者の一つであった。
    他にもMEGADETHANTHRAXSLAYER等のバンドがその手のジャンルで台頭しておりこれらをまとめて「スラッシュメタル四天王」と呼ぶ。
    どのバンドもそれぞれのバンドカラーで過激な音を追求し人気を博したが、その中でもMETALLICAは最も成功したバンドの一つと言えるだろう。

    その成功への過程について触れていこう。

    83年のレコードデビューから順調に人気を伸ばし、86年の3rdアルバムでありメジャーレーベル契約後初のアルバムである「Master Of Puppets」では50万枚を売り上げ、ゴールドディスクまで獲得し今でもメタルファンに愛され続ける名盤となったが、ツアー中交通事故でベーシストのクリフバートンが死亡。メタリカ特有の叙情性を担っており独自のベースプレイでもバンドの重要人物だっただけにかなりの痛手となり、ファンの間では伝説のベーシストとして語り継がれるようになる。

    その後新ベーシスト・ジェイソン・ニューステッドが加入しカヴァーアルバムリリースや4thアルバムでグラミー賞を受賞したりと再び勢いづいていき、凄腕プロデューサー・ボブロックと組んだ5枚目「METALLICA」では全米4週連続1位2000万枚以上を売り上げ大成功を収めた。
    しかしこのアルバムは今までのスラッシュ一辺倒とは異なり、大幅なスピードダウンで重みやグルーヴを強調した音作りの大方向転換になったので成功を収める一方古くからのスラッシュファンの間で賛否両論になった。

    その後も同路線をさらに押し進めた6th「Load」やそれに収録が間に合わなかった「Reload」も当然全米1位を獲得しメタルブーム衰退の中でも好成績を収めることに成功する。
    この時点で既にメタルというカテゴリには収まりきらないビッグバンドになっていたのである。
    それを証明するかの様にオーケストラと競演したアルバム「S&M」は最高のクオリティに出来上がり他方面からの注目を浴びた。

    しかしその後しばらく作品がリリースされなかったりベーシスト脱退等の理由でバンド存続についても世間では議論されたが、元オジーオズボーンの新ベーシスト・ロバート・トゥルージロを迎えニューアルバム「St. Anger」で大復活を遂げた。
    再びスピードアップされた楽曲がその再スタートの意気込みを語っているようなアルバムだ。
    そして今、次の展開が期待されているところである。

    ざっとこんな感じだ。
    ではメタリカの魅力とは何なのだろうか?ここから個人的な見解になるが…

    メタルギタリストなら誰でもコピーしたくなるカッコ良過ぎるリフやソロ、代々パワフルなベース…
    ここまでは他のメタル四天王や他のメタルバンドにも言える事だが、やはり特筆すべきは万人受けして且つバンドサウンドに負けない強靭なロック魂を感じるジェイムス・ヘットフィールドのメロディと独特なモタリ感で唯一無二の存在感を出すラーズ・ウルリッヒのドラムだろう。

    自分がドラマーだから思うのかも知れないが、ラーズのドラムなんて理論やリズムなどでは語れない、普通に考えるとありえないドラムなのだ。なのにバンドに溶け込むと素晴らしくカッコ良い。
    ドラムが早いなあとか凄いなあと思うメタルバンドは多くても、こんなに耳に付いて離れないドラミングは彼しかない。

    こういった様々な要素がこのモンスターバンドたる所以なのだろう。

    まだ耳にした事ない方はメタルファンでなくともロック好きなら是非一聴してみてほしいものだ。
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めんたいロックについて考える

  1. 名前: 管理人 2007/05/26(土) 14:01:43
    何それ?

    と大多数の人は思うかも知れない。

    何かと言うと・・・

    ロックファンからは日本のリヴァプールという異名で呼ばれる博多を中心に70年代からブリティッシュロックの影響を受けたバンドで徐々に盛り上がっていき80年前後にその名が付けられたという、九州の大きな音楽シーンのことを指すんです。

    ではなぜ”めんたい”ロックなのか?

    そんなん九州→めんたいこ→めんたいロックに決まってるじゃないww

    なんて安易な・・・

    まあそれは置いといて具体的にどんなバンドが居たかというと

    The Roosters

    ARB

    THE MODS

    TH eROCKERS(ロッカーズと読む)

    アンジー

    サンハウス

    シーナ&ザ・ロケッツetc…


    10’sの方には分からないかもしれないが、それ以上の世代ならどれか名前くらいは見たり聞いたりしたことあるはず。

    まだ分かんない?じゃあこれはどうだ


    「1リットルの涙」


    これなら分かるんじゃない?
    このドラマでお父さん役だった陣内孝則って俳優がいるでしょ?

    この人今じゃ色んな映画やドラマ出て俳優街道まっしぐらだけど、実は元々バンドマンなんです。

    TH eROCKERS 80年デビュー、グラムロックみたいなメイクしてパンキッシュな曲歌ってたバンド時代、今じゃ信じられないけど今でも多くのロックファンから愛されてやまないバンドでした。じゃあちょっと当時の映像でも↓

    TH eROCKERS キャデラック

    他にもアメリカ版の「呪音」や昔のドラマで言うと「お金がない」に出演してた石橋凌っていうしぶい顔のおっさんもARBというバンドをしています。

    顔が思い出せない人はヤフーとかグーグルで検索するか下の映像見れば「あ、こいつか」ってなるはず↓


    ARB 魂こがして


    親友である故・松田優作に捧げた名曲 ARB After'45(松田監督映画主題歌)


    メンバーに俳優は居ないけど上記のバンドと同じく当時人気があったのがTHE MODSとThe Roosters。

    30~40代の人なら結構知ってる人は多いんじゃないかな。
    The Roostersはバンドキッズ達がこぞってコピーしたと聞くし実際今でも楽器屋に行くとスコアあるしね。
    ただボーカルが精神的に不安定な人でもう活動は出来ないらしい…

    The Roosters どうしようもない恋の歌

    THE MODSはよくタイアップされてたしバンド名は分からなくとも耳にしたことある人は絶対居ると思う。
    というかウチの音楽音痴な父が知ってたくらいだからねえw

    試しに当時のカセットのCMを…凄い宣伝文句だな今聞くと

    80年代当時はヒット曲連発で夜ヒットにも出てました↓

    THE MODS 夜のハイウェイ(夜のヒットスタジオ出演映像)

    個人的には昔の曲ではこの歌が好き(特に詩が)↓

    THE MODS TWO PUNKS(日比谷野音ライブ)

    もしこれを見ている中で俺は九州のギタリストだと言い張りたい人が居たらこの人は通っておかないと恥ずかしいかも知れないよ



    鮎川誠



    サンハウスとして60年代から活動しシーナ&ザ・ロケッツでお茶の間に進出した後、今でも現役で走り続けている
    いわゆるカリスマという言葉で語られる、佇まいからフレーズから日本のロック史上で最重要ギタリストとされている一人です。

    このCM見ててもそんな感じはしないけどww↓

    メガネかけた普通の兄ちゃんがそれ

    で、これは置いといて真面目に弾いてる時の映像がこれ↓

    サンハウス 魅惑の宵

    シーナ&ザ・ロケッツ レモンティ(ニューイヤーロックフェスティバル87~88)

    80年代も後半に差し掛かるとブランキーやジッタリン・ジンの出てきたテレビ番組イカ天やジュンスカの出てきたホコ天が始まりバンドブームの時代に突入すると,バンドは誰にでも出来るという風潮が起こり、めんたいロック組からもそれに便乗して「アンジー」っていう「俺達本物じゃねえけど頑張るぜ」的なノリのバブル全快モードのバンドが出てきました。

    どんだけハジけてたかと言うとこちら↓

    バッハスタジオⅡ アンジーの名曲「天井裏から愛を込めて」をダウンタウン・ウッチャンナンチャン他が本人達と共にコピー演奏

    一通り聴いてみた人には分かると思うけど「めんたいロック」ってどんな音楽なのかさっぱり分からないということww

    既出のバンド達とBOOWYとBUCK-TICK(どちらも群馬)混ぜて知識の無い人に聴かせて「さて、どれがめんたいでどれが群馬でしょう?」って言われても区別が付けられない事は確実だ

    結局はただ明太子が美味い地区で活動してるバンドってだけで、考えても無駄なので辞めましょう

    やってる事とか格好がそんなに変わらないのに地区ごとにチームがあって他地区とのぶつかり合う暴走族と同じ原理ですな

    実際THE MODSをボロクソ言ってるけど曲調はそんなに変わらないバンドが居たしね↓

    アナーキー ノットサティスファイド

    着飾らないパンクとカッコいいのが命のロカビリーだからぶつかるのも分かるが…

    まあとにかく今回言いたかったのは

    最近メジャーデビューした「豚骨ピストンズ」というバンドが”めんたいロック魂”を大声で掲げてシングル曲の名前を「よかろうもん」とかにしているあたりを見ても、確実に「めんたいロック」というジャンルは九州で根強く残っている、いや現在進行形のシーンが存在しているって事。

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BUCK-TICK

  1. 名前: 管理人 2007/02/17(土) 21:23:57
    日本でゴシックを通ってニューウェイブ・パンク、さらにはインダストリアルまでを取り込んで商業的な成功を収めたバンドがどれだけ居るだろうか?

    というか自分は一つしか思い浮かばない・・・BUCK-TICK(バクチク)だ。

    結成以来20年以上独自のスタイルでロックシーンを歩んでいる上に今なお現役で居座り続ける大物である。

    メンバー全員今では40を超えているが、ボーカル櫻井敦司の美貌っぷりは今だに衰えを感じない程なのにメディアへの露出が少ない分それを知らない女性が多いのが少し残念だ。

    ルックス話ついでに言うとこのバンドは大衆には所謂ヴィジュアル系というカテゴリーで語られる事が多い。

    それもその筈、デビュー時には殆どのメンバーが直角に逆立てて色とりどりの染色をした髪に、ギタリスト今井寿お決まりの頬に入ったB-Tマークを始めとしたド派手なメイクと衣装、まさにバンド名にふさわしい出で立ちでお茶の間に現れたのだ。

    しかし彼らが今までこうやって生き残って来れたのは他のヴィジュアルばかりに重きを置いたバンドとは違い、ヴィジュアルをその一部分として捉え歌詞や曲を含めた総合的な部分で自分達の世界観を表現してきたからだろう。

    ここで彼らの歴史を説明しよう。

    非難GOGOという前身バンドを経て85年に櫻井敦司(Vo),今井寿(Gt),星野英彦(Gt),樋口豊(Ba),ヤガミトール(Dr)の現メンバーが揃い、当時人気絶頂だったボウイ直系のビートロックと称されたサウンドでわずか一年程の期間で頭角を現し始め、87年初頭に発売されたインディーズアルバム「HURRY UP MODE」が好セールスを記録しライブ動員も次々と増え続け、同年スピードデビューを果たす。

    デビュー後アルバムは1st2nd共にオリコントップ10内を記録し、シングル「JUST ONE MORE KISS」が「重低音がバクチクする」のフレーズで印象的だったスピーカーCMに起用され大ブレイク。レコード大賞含め数々の賞を受賞する。

    途中今井寿のドラッグ使用での逮捕による休止期間もあったが、ここから数年間殆どの作品をオリコン首位に叩き込み、音楽性は次第にインダストリアル色を強めていった。

    当時一線で肩を並べていた他のバンド達が商業面を意識した(というかせざるをえない)音であったのに対し、バンドブームが過ぎ去りBUCK-TICK自身もサウンド面でどんどん自分達の世界を追求していったにも関わらず一定の売り上げを記録していたのは驚異的である。

    それは多分徹底したサウンドの中に大衆の心をグっと掴むフックのあるメロディやコード進行が光る、彼らのソングライティング能力の高さの証明ではないだろうか。

    それに20数年のバンド史の中でメンバー交代が一切無いという奇跡とも言える程の各メンバーの結束性が音のまとまりを出しているのかも知れないし、一聴して頂ければ分かると思うが決して海外のコピーだけに留まらない音、日本人だから出せる要素がふんだんに詰め込まれているのだ。

    毎年恒例の武道館年末ライブに加え、01年には韓国のフェスに参加、03年にはあのマリリンマンソンのジャパンツアーサポートもこなし、去年のサマーソニックにも出演と全く勢いを止める事無く今でもBUCK-TICKは国内外問わずロックシーンで活躍中である。

    当然影響を受けたミュージシャンも多岐に及ぶ。分かり易い例で言うと氣志團だろう。まあ彼らの場合はわざとパクっているのだがw
    知る人が見たら大ウケだろう。

    このサイトをごらんあれ→ここ

    最近出たトリビュートアルバムのメンツに
    清春(ex,黒夢,SADS)
    (ex,LUNASEA)
    MCU(KICK THE CAN CRUE)
    シアターブルック
    遠藤みちろう(ex,THE STALIN)
    BALZAC
    KEN ISHII
    ATTACK HAUS(元CASCADEのGtとBa在籍)
    RUNAWAY BOYS(特撮のNARASAKI,D'ERLANGERのkyo)
    AGE OF PUNK(元GUNIW TOOLSのGt,Dr在籍)
    RALLY(GLAYのTAKUROとTERU,THE MAD CAPSULE MARKETSの宮上元克,ウエノコウジ)
    ABINGDON BOYS SCHOOL(TMRの西川貴教、exWANDZのGt柴崎浩,)
    等多方面の大物が居るのも非常に興味深いところだ。

    自分は非常にとっつき易い初期の作品と洗練されたここ最近の作品が特に好み。中期はちょっと微妙かも知れない。

    気になった人はまず初期作品中心のベストアルバムB-Tから入ってみてはどうだろうか?

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ZIGGY

  1. 名前: 管理人 2007/01/03(水) 08:14:49
    このコーナーまたまた久々の更新。

    今回は日本のバッドボーイズロックの頂点(独断と偏見含む)ZIGGYを紹介しようと思う。

    まずバッドボーイズロックってナニ?という人も多いだろう。

    分かり易く言うと、セックス&ドラッグ&アルコール&バイク&シガレット・・・所謂古くからのロックに対する”不良”というイメージを体現しているロック、つまりは字の如く・・・かw
    代表的なバンドで言うとモトリークルーやガンズ&ローゼズなど。

    突き進めて行くと、村八分の山口富士夫等もっともっと古くからそういうイメージで打ち出して来た日本人も居たが、そんな不健康なジャンルのバンドで成功したバンドと言えば誰もがZIGGYの名を上げるのではないだろうか。

    84年森重を中心に4人編成でスタートし、ライブ中心の活動でファンを確実に増やして行き、
    87年唯一のインディーズ盤「それゆけ!R&R BAND」が発売二日目で売り切れるという快挙を成し遂げ、3ヶ月後にはデビューアルバ『ZIGGY~IN WITH THE TIMES~』をリリース。

    その後2ndアルバム「HOTLIPS」に収録の「GLORIA」がテレビドラマ「同・級・生」のタイアップになったのを機に大ブレイク(オリコン最高位3位)、数回にわたる武道館公演など、一気にスターダムへとのし上って行ったのである。

    何故彼らがここまで受け入れられたのかと言うと、やはりあのメロディだろう。
    それまでの不良の音楽というイメージ・・・確かに彼らにもそれはあった。金髪のロングヘアーにグラマラスな化粧

    しかし他の同ジャンルのバンドと唯一違ったのは日本の歌謡曲に相当入れ込んでいたVO森重によるメロディの乗せ方だ。
    歌謡曲しか聴かないようなファンにも十分に通用するキャッチーなメロディが各アルバムにずらりと並ぶ。
    ロックだからと先入観でガチガチに固めたロックの連中より、「実際好きなんだし俺はこれがやりたいんだ」と言い切る潔さの方が逆にロックを感じた。

    勿論忘れてはいけないのが松尾宗仁のノリノリなロッケンロールも渋いブルースも弾きこなす懐の広いギター、
    ハノイロックスもモトリークルーも全て消化した容姿・プレイスタイル共に無条件にカッコイイと言わせる戸城憲夫のベース、
    いい意味でズレた、ヘタウマ加減がたまらない大山正篤のドラム。

    メロディがポップだからって遠慮は全く無しの演奏がまたたまらないのである。

    大山がタレントの故・戸川京子(戸川純の妹)と夫婦だったのも意外と知られていなかったりする。

    その後活動休止→メンバー交代→バンド名をSNAKEHIPSHAKESに変更→ZIGGYに戻すなど様々な経過がありつつも20年以上経った今でもコンスタントに作品をリリースしたりチャートに出てきたりと現役バリバリで活躍中だ。

    これだけの成功を収めているこの手のバンドは後にも先にも彼らだけなのではないだろうか。少なくとも未だに彼らを越えたバンドは出てきていない。

    ちなみに現在バンドはベース津谷の脱退を機に一時的に活動を停止している。メンバーはVo森重樹一、Gt松尾宗仁、Dr宮脇”JOE"知史(元44MAGNUM)。

    その他各自ソロ・サポート活動に加え、森重と松尾はTHE PRODIGAL SONSというアコースティックユニット、森重と歴代メンバーである戸城でThe DUST'N' BONEZというロッケンロールなバンドを、宮脇と松尾でGlass Dorcusという自称”大人の不良”というロックバンドやっていたり、活動は実に幅広い。


    30~40歳くらいの方でああ~なつかしいというのも良し、10~20歳の方でそんなイカした奴らを知りたい!というのも良し、とりあえず気になった人は聴いてみよう!!




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S・O・D

  1. 名前: 管理人 2006/09/30(土) 21:46:19
    ここ数ヶ月ずっとほったらかしてたので久しぶりなオススメバンド紹介コーナー”牛biな音楽”、今回は自分のその後の音楽に対する意識をガラっと変えてしまったバンド”S・O・D”を紹介します。

    皆はANTHRAXというバンドをご存知だろうか?
    彼らは80年代のメタルムーブメントの中の一派スラッシュメタルの四天王と呼ばれたバンドの一つ。(他の3バンドとはMETALLICA、MEGADEATH、SLAYERの事だ)

    84年頃、ドラムのチャーリーベナンテとギターのスコットイアンがANTHRAXでボツになったリフを使ってハードコアタイプの曲を作っていたところ、マネージャーの後押しもあり、元ANTHRAXのベースでニュークリアーアソールドという新バンドを始めていたダン・リルカ、そしてM・O・Dというバンドで活動していたビリーミラノを迎えてバンドが結成される。

    バンド名はSTORMTROOPER OF DEATHの略をとってS・O・Dと名付けられた。

    そしてアルバム用の曲作りに入るのだが、なんと21曲の曲作りを1日・レコーディング1日の計2日というとんでもなく短時間でアルバムを仕上げてしまう。

    というのもこのバンドは遊びで始めた短期間プロジェクトで、最初から最後まで好き放題やった結果、1秒2秒くらいの曲が多数、自殺・事故等で亡くなった有名ミュージシャンの代表曲のイントロに「you died!!!」と言い捨てるものや、「Fuck the Middle east」等ユーモアを軽く通り越したアブナイ歌も多数、当時世界最速曲だった「Milk」等、勢いでつい出てしまった曲達で占められていたので、大掛かりなリハなど必要なかったのだ。

    「俺達はこの長髪のせいで仕事が見つからねえってのに、出稼ぎに来たエリートさん達は英語もろくに喋れねえくせに儲けやがって」
    なんてフテくされからアルバム名は「Speak English or Die」と名付けられ、85年にリリースされた。

    発売当初全く知名度も人気も無かった彼らは本当にただの短期プロジェクトで終わってしまったのだが、それから数年後じわじわと人気が上がって行きしまいには伝説のバンドにまで祭り上げられる。
    というのも、当時メタル系でパンクを混ぜてやっている人間など皆無に等しくリスナーが付いて来れなかったのだ。つまり彼らは早すぎたクロスオーヴァーだった。
    そして時代がそれを必要とし始めた頃、初めて彼らが評価されたというわけだ。

    その後彼らは調子に乗って92年に突然ライブ活動を開始し、NYで行われたライブを「LIVE IN BUDOKAN」と題して発表してしまう。素直に信じ込んだ日本人のファンを見て楽しんでいたようだ。

    それからしばらく音沙汰無かったが99年また急に2ndアルバム「Bigger Than The Devil」を発売するなど全く予想もつかない変態ぶりは全く変わらず、今でも伝説として語り継がれ、数々のフォロワーを生み出した。

    それまでメタルは長いソロに複雑な構成の長い曲という既成観念が自分の中にしっかり根付いていたのだが、8秒で6曲やるというバカさ、好き放題やる楽しそうな姿、ジャンルなど関係ない自由さにこれまでにない衝撃を覚えた。

    DVDもかなり面白い出来で、インタビュアーにアルバムの内容を質問されたのに、持参していたバナナに猿が集って体中猿まみれになり困ってバナナを投げて猿から逃げたという話を始めたり、

    ロブハルフォード(通称メタルゴッド:ゲイという事でもで有名)の話になると、「メタルのライブでは男同士が裸になって汗飛ばしながらぶつかり合うんだ。つまりメタルはゲイって事だよ」と名言を残したり、

    ダン・リスカがマリファナを吸う度にメンバー間で決めた罰金の額がテロップで出てきたりと、とにかく何もかもがブっ飛んでいた。

    管理人は彼らが原因で、あの変態バンドを結成した。つまり自分も立派なフォロワーだ。

    かのS・O・B(日本で最初にブラストビートを使ったバンド)もバンド名はさることながら「Milk」より速い曲作ろうぜとバンド結成に至ったのは有名な話。

    20年経った今でも名盤「Speak English or Die」は売れ続けているという・・・

    ハードな音楽好きな人は是非聴いてみては?

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EARTHSHAKER

  1. 名前: 管理人 2006/03/23(木) 16:06:42
    引続きジャパメタ特集です。一番凄いと思ったのがLOUDNESSで、一番カッコイイと思ったのが44MAGNUMとするならば、こちらは一番親しみ易かったというべきアーティストだと思う。彼らの名前は・・・・・“EARTHSHAKER“

    結成は78年、当初は後にLOUDNESSのボーカリストとなる新井原実(V&B)が居たが、メンバーチェンジを経た後、MARCY(西田昌史)(V)、SHARA(石原慎一郎)(G)、KAI(甲斐貴之)(B)、KUDO(工藤義弘)(D)が揃う。バンド名の由来はSHARAが大ファンだったY&Tというバンドから。

    当時バンドが演奏する場所も今ほど恵まれていなかったが、彼らはバンに機材を乗せて演奏出来そうな場所なら全国どこへでも行き、ライブバンドとして着実にレベルアップしていった。
    スピーディなハードロック/ヘヴィメタルなのに切なくてキャッチーで口ずさめるメロディ、感情剥き出しのギターという黄金パターンもこの頃からすでに完成され始めていて、瞬く間に人気に火が付き、83年ヘヴィメタル評論家:伊藤正則プロデュースでデビューを飾った。

    85年TOSHI(永川敏郎)(Key)も加わりメロディアスでハードな音はより洗練されて行き、アルバムを重ねるごとに「MORE」「RADIOMAGIC」等名曲が生まれ続け、89年にはアルバム「TREACHERY」でデジタルサウンド導入など当時のヘヴィメタルバンドとしては新しい試みもあり、そして何より彼らは日本のヘヴィメタルバンドで初めて日本武道館に立ったのだ。今は様々なバンドが普通に武道館ライブをやるようになったが、当時としてはハードなバンドが武道館に立つ事などありえなかった。それだけ彼らの音は世間に受け入れられていた。その模様は伝説としてアルバム「LIVE IN 武道館」に収められている。そしてアニメの主題歌も提供したりと勢いは止まる事なく80年代を駆け抜けた。

    途中レコード会社を2回ほど変更し、91年には初の海外ライブ(N・Y)を行い、新たなステップを踏み出し順調だと思われていたが、94年惜しまれつつ解散してしまう。
    しかし99年京都のライブハウス「磔磔」の25周年記念イベントでの一夜限りの再結成ライブを機に、本格的な再結成へ。
    現在もコンスタントに作品のリリースを続け、ジャパメタの大御所として歩き続けている…

    MARCYは自分でレーベル経営とプロデュース活動(犬神サーカス団etc)も盛んに行っており、新人発掘にも多大な貢献をしている。

    最後にオススメだが、断然DECADE(ベストアルバム)。2チャンで厨とか言われそうだけど、このバンドも良い曲が多すぎてまとめられないので、とりあえずベストを聴かないと時間がいくらあっても足りない。

    思い起こせば高校の卒業ライブで「RADIOMAGIC」コピーしたなぁ。あとZIGGYの「それ行けR&Rバンド」も。どちらも全然リアルタイムじゃないんだけど、ライブでも全然受けなかったけど、自分の当時つるんでた奴ら(ごく少数)は皆「MORE」聴くと18の炎が甦るんだよな。
    よく楽器屋の兄ちゃんに「学校の奴らと話が合わないんっすよ」て言ってたなぁ…

    懐かしい

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LOUDNESS

  1. 名前: 管理人 2006/03/21(火) 15:26:46
    今回も前回に引続きジャパメタです。これは紹介しないとでしょう。その名はズバリ「LOUDNESS」

    ジャパメタといえばこの名前を挙げない人はまず居ないだろう。バンドマンで聞いた事ないなんてまずありえない!って今同感したアナタはきっと今30~40のサラリーマンなんでしょう。悲しい事に最近の若い子は・・・・と感傷に浸らずに今回は懐古に浸りましょう。

    オリジナルメンバーである高崎晃(G)と樋口宗孝(D)はまずアイドルバンドLAZYで77年にデビューし、81年これが本当にやりたかった音楽だと言わんばかりに、突然「宇宙船地球号」というアルバムで“へヴィメタル宣言”。その後音楽性の相違によりバンドは分裂。
    そして高崎と樋口は、二井原 実(Vo)、山下昌良(B)を迎え81年5月に「LOUDNESS」結成。同年11月に記念すべきデビューアルバム『誕生前夜~BIRTHDAY EVE』を発売する。80年代を彩ったジャパニーズへヴィメタルムーブメントはこのアルバムから始まったと言っても過言ではない。彼らの登場が数々の後続のバンドを表舞台に上げるトリガーになった。
    新井原のハイトーンヴォーカル、高崎のまるで早送りで見ているのかと錯覚をおこしそうなくらいのスピードあるギタープレイ、山下と樋口の無敵のリズムによるメロディアスでテクニカルでヘヴィな楽曲群、結成当初から完全に海外志向だった彼らは、83年にはアメリカ、ヨーロッパ各地でライヴを行ない、’84年に日本人としては初めて米大手レコード会社アトランティック・レコードと契約。。’85年1月にアルバム『THUNDER IN THE EAST』でオリコン最高4位、アメリカのビルボード・アルバム・チャートでは最高74位を記録し、日本人としては初のマジソン・スクエア・ガーデンでのライブを開催し、完全に世界でも通用する事を証明した。
    その後も勢いは増すばかりで、海外アーティストのサポートで全米各地を回り続ける。モトリークルー、シンデレラ、AC/DC,、ポイズンなど、名前を挙げたらキリが無い。

    波に乗り続けた彼らだったが、80年代も暮れると同時にメンバーの入れ替わりが激しくなる。’88年に突然二井原が脱退し、後任にアメリカ人のマイク・ヴェセーラ(後にイングヴェイマルムスティーンに加入)が加入。’92年には山下が脱退し元XJAPANの沢田泰司が加入。その後ヴォーカルが山田雅樹(元EZOに)代わり、同年6月にアルバム『LOUDNESS』発売。このアルバムは沢田泰司の加入効果も手伝ってか、オリコン最高1位に。しかし’93年に樋口脱退。90年代中盤から後半にかけては高崎(G)、山田(Vo)、柴田直人(B、元ANTHEM)、本間大嗣(Dr、元EZO)で活動する。

    しばらくは大きな音沙汰無かった彼らだが、2000年5月に意外にもオリジナルメンバーが復活し、ファンを狂喜乱舞させた。復活ライブに参加した友人は「人生初めて歓声で会場が揺れる体験をした」と言う。2001年3月復活第一弾アルバム『SPIRITUAL CANOE~輪廻転生』はオリコンで初登場20位と健在ぶりを発揮。

    その後もどんどんアルバムを発表し、イベントの企画もやっている。同時期に数々のジャパメタバンドが復活しているが、今でも現役バリバリの演奏とホールを埋める程の根強いファンが残っているのはやはり彼らぐらい。
    ここ1,2年で再び海外デビューも果たし、今後が期待されている。

    最後に筆者のオススメだが、やはり80年代の新井原時代のアルバム、特に「DISILLUSION」だろうか。しかし、アルバムの多いかれらだけに、まずベスト盤を聴くのが無難なように思われる。
    これ読んだのを機に若い世代のロックキッズも聴くべし!!筆者も若いけど・・・w

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44MAGNUM

  1. 名前: 管理人 2006/02/20(月) 15:59:32
    だいぶお休みしてましたが、このコーナーもやっとこさ更新です。パンク続きだったので、そろそろメタルへ行きましょう。
    今まで散々CRAZE話をしてきましたが、その影響でメンバーが最も影響を受けたバンドとして聴き始めたのがこのバンド。“44MAGNUM”

    80年代初頭、PUNK,NEWWAVE勢とは別に、日本全国を席捲したもう一つのムーブメントがあった。ヘヴィメタルである。
    関西を中心にそれは数多くのメタルバンドが登場した。その中でも特に勢いがあったのがLOUDNESS、EARTHSHAKER、そしてこの44MAGNUMである。

    本格的海外志向な音作りだったLOUDNESS、口ずさめるハードロックだったEARTHSHAKERに対し、彼らは日本人なりの解釈を加えた独自の音楽性で個性を確立しジャパニーズメタルムーブメント(以下ジャパメタ)を引っ張って行った。

    77年にPAUL(Vo)が結成した後79年にJIMMY(Gt)、BAN(Ba)が加入。ライブ活動を積極的に行い、82年「別冊マーガレット」に連載されていた、多田かおる氏原作の少女マンガ「愛してナイト」に44MAGNUMをモデルにした キッスレリッシュというバンドが登場。44MAGNUMのオリジナル「Dirty Lady」 「You Love Me,Don't You?」の歌詩も 「愛してナイト」に登場して話題を呼んだ後、同年当時まだ高校3年だったJOE(Dr)が加入し黄金期メンバーが揃う。

    まず1番目を引くのがルックス。全員金髪にカラコン、メタルなレザー系衣装に加えガーゼや安全ピンなどパンクを匂わす要素にケバケバしい化粧。今となってはヴィジュアル系のスタンダードなスタイルだが、この頃こんな格好をしていたのは彼らくらい。当然後続のヴィジュアル系バンド達にも多大な影響を与えた。
    そして忘れてはいけないのが高い演奏能力、ポイズンやモトリークルーに代表されるLAメタルファンも飛びつく程キャッチーなサビ、印象強い名リフを数々残し、キッズ達の心を虜にした。
    そして特筆すべきはJOE(Dr)。加入時はまだ高校生なのに、他のライバルバンドに引けを取らないドラムを叩いている。今どき18そこそこの少年がこんなドラムを叩けるのだろうか?

    そんな勢いに乗りつづけるバンドはやがて東京殴り込みギグという関東方面のツアーを何度か行ううち、全国区で人気に火が付き83年も暮れる頃に晴れて「DANGER」でデビュー。翌年2ndアルバム「STREET ROCK’NROLLER」(初登場20位)、85年「ACTOR」(初登場9位)そしてイギリスライブツアーと着実にレベルアップしていくが、80年も暮るにつれメタルの勢いも衰していき、バンドは“メタルはダサい”とダンスミュージックへ転向していく。
    案の定バンドはかつての輝きを失ってゆき、87年4thアルバム「LOVE OR MONEY」発売&ツアー後JOE(Dr)脱退、88年5thアルバム「EMOTIONAL COLOR」発売するも翌年解散してしまう。

    解散後、前々からお蔵入りになっていた幻のハードロックアルバム「STILL ALIVE」、バンドの歴史をまとめた「ANTHOLOGY」を発売した後、PAUL(Vo)は新人のプロデュースをしつつ、ファンクバンド“ライナセロス”を結成、JIMMY(Gt)はTOPAZでポップスを追求した後LOUDNESSの山下(Ba)と結成したSPADE、そしてphiφでバンドサウンドへ回帰、BAN(Ba)は元REACTION、PRESENSのメンバーらとGRANDSLAMを結成し解散後はコンビニの店長という噂(笑)、JOE(Dr)は数々の歌手のサポートをしつつZIGGYとHIDEのソロバンド“SpreadBeaver”に加入。

    それぞれの道を歩んでいたが20世紀も終る頃、EARTHSHAKER復活、LOUDNESSオリジナルメンバーで再スタートなど、ジャパメタ再復興の波が押し寄せ、それに伴い44MAGNUMも過去のレア音源・映像が発売されたのを機に、10年の時を経て02年ついにアルバム「IGNITION」で復活。21世紀版マグナムサウンドを聴かせてくれている。

    最後に、筆者のオススメはやはり1st「DANGER」と2nd「STREETROCK’NROLLER」。あの瀧川一郎や菊池哲を虜にさせた魅力が沢山詰まっている。ちなみにCOCOBATもカバーした名曲「I’m on fire」の現曲は「DANGER」に収録されている。

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SCAFULL KING

  1. 名前: 管理人 2006/01/25(水) 14:44:14
    今回もまたパンク関連で申し訳ないが(この頃はこれ系ばっか聴き漁ってた)、これまた最高にイカすバンドscafull king(スキャフルキング)の紹介をしよう。

    90年に田上(vo&trumpet)と福田(dr)を中心に結成され、精力的に活動していたが5年程で解散。だが翌96年メンバー入れ替えをして復活、97年に1stアルバム「スキャンダル!」をリリースし、ブラフマンやバック・ドロップ・ボム、スーパー・ステューピッド等当時のシーンを彩るバンドと共にツアーを行ったり「AIRJAM98」にも参加したりと着実にファンを増やして行き99年2ndアルバム「スキャネーション」で人気は不動のものとなる。00年に発売された3rdアルバム「スキャテゴリー」は自他共に最高傑作と言われるまでの出来であり、ただシーンの中で一時的に発生したバンドという域を軽く越えてしまった彼らだったが、01年に活動休止してしまう。

    バンド名と同じく彼らのサウンドはスカを基調としたパンクだが、それ以外にもソウル・ダブな要素がいたるところでちりばめている。
    そして心地のよいスピード感。聴くだけで踊り出してしまいたくなる程とにかくハッピーな楽曲がずらりと並ぶ。
    ジャジーなホーン隊もさることながら、オールマイティなリズム隊もバツグンに良い。一つ一つのフレーズが非常に印象強いのだ。
    とにかく他の文化祭ノリでやっている流行り廃りのスカバンドとは明らかに違っている。

    その後メンバーは各自別々に活動しているが、やはり1番注目すべきなのはドラムの福田が参加しているLOW IQ 01だろう。
    ボーカル(ex:super stupid)の名前がそのままバンド名になっているが、彼らは当時のシーンで活躍していた複数のバンドのメンバーによって結成されたジャムバンドから始まり。レコーディングだけで終る予定が、ファンからの熱烈な希望に応えライブ活動を開始した。
    サウンド的にはスキャフルキングよりももっと何でもありにした未知の可能性を秘めたバンドで、それもメンバーの才能の高さがあってこそ成立っている。つまりスーパーバンドなのだ。
    ちなみにライブをする時だけバンド名をMASTER LOWにしている。どこかのフェスでこの名前を見かけた事ある人も居るのではないだろうか?

    いつかまた復活して欲しいところである…

    で、彼らの作品の中でのオススメはというと、やはり最高傑作のスキャフルキングの3rdから聴いてみて欲しい。スカ・パンクが好きな人は勿論、普段あまりそういうのを聴かない人もきっと好きになるはずだから。
    高校時代友達に3rdの入ったMDを借りて帰ったその日の晩、俺はアルバム全部揃えようと思ったくらいに惚れ込み、それ以来ずっとコピーしてました。

                   

    いいぜ、マジで…

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BRAHMAN

  1. 名前: 管理人 2005/12/07(水) 19:03:32
    もちろん高校時代殆どの曲をコピーはしていた、楽曲的にも多々影響は受けた、だがもっと根本的な部分、“音楽を作るという事”“やりたい事をやるという事”の大切さを教えてくれたという意味で、管理人が今まで一番衝撃を受けたバンド“BRAHMAN”

    彼らは元々それぞれ別のバンドで活動していたが、同時期に自信のバンドが解散し95年にTOSHI-LOW(Vo)、KOHEI(Gt)、MAKOTO(Ba)、RONZI(Dr)が揃う。翌年ミニアルバムGROPE OUR WAYをリリース。直後からギターが脱退や加入で定着せず3人のままでレコーディングしたりしていたが98年にSCAFULL KINGの前身バンドでギターを弾いていたKOHKI(Gt)が加入し現メンバーが揃う。ディスコグラフィは以下の通り。

    1996「GROPE OUR WAY」ミニアルバム
    1997「WAIT AND WAIT」ミニアルバム
    1998「A MAN OF THE WORLD」アルバム
    1999「DEEP / ARRIVALTIME」シングル
    2000「CRAVING」(VHS、DVD)
    2001「A FORLORN HOPE」アルバム
    2004「THE MIDDLE WAY」アルバム
    2005「CAUSATION」シングル

    いわゆるメロコア等パンク的なものを主体としてはいるが、彼らを語る上で絶対に欠かせない要素がある、それは民族音楽である。メロディにしろギターのフレーズにしろ様々な部分でアジアンなエッセンスが散りばめられている。それに加えライブで4人が繰り出す感情を全て剥き出しにしたパフォーマンス、特にTOSHI-LOWのまさに今全力前身で相手と向かい合っているかのような身体の動きは圧巻だ。そしてほぼMCはなく、観客を煽ってノせようとする事もない、しかし観客は彼らが内側に作っている輪の中へ必死に自分から入って行こうとする、そんな吸引力がある、独特な空間が出来上がるのだ。それは本物のパフォーマンス、そしてTOSHI-LOW独自の世界感で描かれた歌詞、無国籍な音楽性、全ての要素が絡んで初めて成立する、誰にも出せない魅力だ。

    そして管理人が衝撃を受けた伝説のライブを紹介しよう。2003年彼らは北京MIDIFESTIVALという北京で毎年行われるインディーズシーン最大のイヴェントに参加した。当時中国は日本人駐在員のスキャンダル等様々な原因が重なり反日ムードが高まっていた時期で、案の定彼らの準備中から既にステージに卵や泥、ペットボトル等が投げ込まれたり罵声が浴びせられたりしていた。次に出番を控えていた管理人はステージ袖から見ていたがその光景はまさに雨の如くといった感じでいつ中止になってもおかしくない状態だったが、本人達はいつも通り一曲一曲こなしていった。途中TOSHI-LOWの顔や肩に泥や卵が当たったりしたが、各自全くひるむ事無く全力で演奏した。すると途中からそれまで罵声を浴びせていた連中達が次第に減り、逆に曲が終わるごとに拍手までもが沸き起こり、パンクスが物を投げた者と喧嘩をする場面も見受けられたり、演奏後のメンバーに中国人を代表して謝罪してくる一般客の連中まで現れたではないか。彼らは自分達の音楽の力で人の心を動かしたのだ。奇跡が起こった。その時管理人はロックの持つ力をそこまで信じていなかった自分を後悔すると同時にその力をこんなに近くで拝見できた事に感動し、涙した。そのまま鼻水垂らしながら演奏していたのは多分誰も知らないだろう(笑)
    その後メディアが面白がって、反日の部分だけをピックアップしてその本質には殆ど触れずに無責任な報道をして少々問題になったのは残念だったが、今ではそんな事はもうどうでもいい。本人達もパンクバンドが社会欄に載っていると情況を楽しんでいるようだったし(笑)今回の事に関して本人達は、観衆が日本に対して行った行為であって自分達の音楽に対してでは無いので気にはしてないし、とてもよい経験になったと思っている。と語っていた。

    この時自分はやりたい事をやるってこういう事なんだと、自分の中に何か強い意識が生まれたのを感じた。

    その後TOSHI-LOWと女優“りょう”との間に第一子が誕生。それに加えTOSHI-LOWは自身のファッションブランドを持っていたりバンドでのツアーも忙しく、多忙な日々を送っている。

    また共演する日が待ち遠しい。早くアルバムを完成させて日本ツアーをやりたいところである…また酒飲まされるのかな…またTOSHI-LOWさんに酔っ払って無理やりチュ―されるんだろうか?(笑)…またRONZIさんに強引に自分の下ネタばかりを聞き出されるんだろうか?(笑)いやいや、それも楽しいんだよね

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ページのおしまいだよ。。と
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